守屋博之「45周年むかえたうたごえ運動」
うたごえ運動は、今年(1993年)で創立45周年をむかえた。
ここ数年、「うたごえ運動も変わったものだ」と、初期の頃を知っている人たちから言われることがある。
50年代や60年代が自分の青春時代だった人がそう言う時、どうもそのニュアンスの中には、「昔はよかった」という響きがあるようだ...
しかし、「昔」も今も、うたごえ運動の中にどっぷり浸かっている者としては、「変わった」ことは大いに認めるし(もっと変わらなければならないと思っている)、「昔もよかった」ことは実感としてあるが、「昔は」となると、そう簡単に認めるわけにはいかない...
では、残念そうに「変わった」と言っている人たちは、いったい、何を嘆いているのだろうか。
国鉄のうたごえ祭典などに参加しない限り、うたごえ運動の中でも逞しい労働者の闘いの歌が、うたわれることがあまり無くなったことだろうか。
歌の伴奏にアコーディオンを使うことが圧倒的に少なくなり、そのかわりにギターやピアノでうたうことが増えたことだろうか...
歌に感動が無くなったからか。
不特定多数の若者を対象にした「みんなうたう会」や「うたごえ喫茶」が活発でないからか。
それとも、中央合唱団や関西合唱団など、かつて「中心合唱団」と呼ばれていた合唱団の演奏が、あまり「労働者的」でないからだろうか。
それらの合唱団の活動に、大きなステージの演奏などが多く、地域や職場に出て行くことが少ないからか。
いま、思いつくままに列挙したが、このような「変化の現象」を数え始めればきりがない...
もちろん、本来変わってはいけないことが、状況に対応する力の不足のために、不十分になっているということも無いわけではないが、むしろ、状況の発展の中で、もっと変化しなければならないのに、旧態依然として立ち遅れていることがいっぱいあることのほうが問題なのである。
45周年を迎えたうたごえ運動の最大の課題は、依然として大きく運動を広げることである。
そのためには、思い切って外に向かって打って出ることが大切だ...
7年前につくられた合唱構成劇「ぞうれっしゃがやってきた」は、全国ですでに300回ちかく演奏され、上演に参加し、ステージに上がった人の数だけでも数万人になる...
この「ぞうれっしゃ」上演活動の中にこそ、運動を外に向かって広げ、打って出るための教訓がいっぱいある。
私たちがこの教訓を汲みつくし、自分のものとした時に、うたごえ運動は大きく飛躍することができるだろうし、「昔はよかった」と言っている人たちも、「今も捨てたものではない」と思ってくれるに違いない。
※出典:「前衛」(日本共産党中央委員会理論政治誌)1994年1月号「文化の話題」欄